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泰 山 (1545m) [中国] (1988年の記録)
初めての海外旅行。中国通の友人について行った中国。
個人旅行で北京・泰安を回り、泰安では泰山へ登りました。
☆1988年5月1〜8日 晴れ
☆メンバー 2人
☆アプローチ 中国渡航:飛行機(中国民航)
中国国内:列車+バス
☆行 程 5/1 +++成田空港=飛行機⇒北京空港=タクシー⇒恵呑飯店(泊)
5/2 ホテル−(徒歩)→北京市中心部へ(市内観光)→新橋飯店(泊)
5/3 =(バスツアー)⇒万里の長城⇒北京 新橋飯店(泊)
5/4 レンタサイクルで北京市街を回る→故宮→北京駅+++(夜行列車)
5/5 +++済南=(バス)⇒泰安
5/6 泰山登山 →泰安駅+++(夜行列車)
5/7 +++北京駅→天壇公園→新橋飯店(泊)
5/8 北京空港=飛行機⇒成田空港
万里の長城
まずは万里の長城や北京の街を訪ね、うまいものを食べて3日間を過ごしました。
故宮は実に広大で、所蔵美術品も膨大。じっくり見るには2〜3日はかかりそう。
故宮 後方は天壇公園
故宮遠望
友人は中国語がある程度話せるので助かりました。その代わりに英語を使う局面では頼むよ、
ということに(^^;
北京の骨董街
青島行き夜行列車で山東省の済南へ。当時の中国では列車の切符を買うには半日行列に
並ばなければならず大変でした。北京駅前は出稼ぎスタイルの群集であふれ、人民解放軍の
制服を着た大勢の人がパトロール(?)をしていました。
済南に着いて泰安への移動手段を友人が調べている間、駅前の階段に座って待っていると
隣に座った現地の30才位の男性が中国語で話しかけてきました。私は「ニイハオ」と
「シェシェ」しか話せませんでしたので、紙を出して「我是日本人(私は日本人です)」
とか書いてしばらく筆談でコミュニケーションを図りました。漢字は表意文字なので
こんなとき便利。日本人が中国へ行くときの強みですね。
長距離バスに乗って泰安市へ移動。途中見えた山風景は日本のように緑が青々という
感じではなくまるで砂漠のようです。華北の東の方なのに信じられない思いでした。
泰安の街
泰安市内にて 右後方は泰山
明日の登山に備えてのんびり街をぶらつき鋭気を養いました。なかなか味のある街並(^^)
快晴で泰山もよく見えました。森がうっそうと茂って見えます。
この日は友人が庶民的な宿に泊まりたいと言うので、とても寒々とした木賃宿に泊まりました。
泰山登山絵図
絵図の下の方から見てください。

登山口の紅門
いよいよ泰山登山です。この日のために持参したキャラバンシューズに履き替えて出発。
街の高台を登っていくと、登山口の紅門が現れました。ここで入山料を払います。
門をくぐると石畳の階段の登り(このあと頂上までずっと石畳)。登山道の左右には
漢詩を刻んだ石碑が至る所に立っています。圧巻は一枚岩の斜面に刻まれた巨大な漢詩。
岩場には漢詩が...
石畳の登りは単調ですが、古来多くの中国皇帝、文人が辿った歴史の道を登っていると思うと感動もの。
登っている人は結構多く、まるで六甲山の人気コースのようです。周辺に高い山が少ないので古来人気が
ある山のようです。
コースの中間点の中天門をくぐり、さらに少し登ったところに五代夫の松がありました。ある皇帝が泰山
に登っているときに嵐となり、この松の下で雨宿りをして助かった、といういわれがあるそうです。
五代夫の松
この辺り深山幽谷の雰囲気が漂い、山水画の中にいるようでした。但し山頂方面は霧が立ち込めて全く
見えません。
泰山 頂上は霧の中
霧の中へと登っていき、麓から約2時間で頂上直下の南天門へ着きました。石畳の傾斜は緩くなり
食堂が立ち並ぶ中を進むようになります。そのうちの1軒に入り甘酢あんかけの昼食(うまかった)。
石で造られた要塞のような建物が立つ山頂の玉皇頂はすぐでした。残念ながら視界ゼロ。
でも異国の山頂に立てたことに満足し、来た道を下山しました。
この後泰安駅で行列に並んで夜行列車の切符を買い、翌朝北京に戻りました...
今では青島から泰安まで高速道路があるそうですが、今も泰山の自然は守られているのでしょうか。
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